人類学とは
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形質人類学の中には、遺伝子などの形質を調査する分野と
生きているヒトないし人骨の形態を調査する、
いわば形態人類学の二つがあります。

形態人類学は、人骨ないし生体そのものから、ヒトの生きざまならびに死にざまを
できるだけ忠実に復元しようとするものです

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 →形質人類学とは?
 →形態と適応
 →集団の研究
 →集団の系統
 →骨から何がわかるのか
 →個体研究の問題と可能性
 →性別と年齢の判定
 →人骨資料の活用


形質人類学とは?

形態人類学は、先史時代、歴史時代そして現代の人間の骨格形態を研究する学問です。
これには、いくつかの制約がつきまといます。たとえば、ある遺跡から出土する人骨が、
その遺跡の人類集団からの無作為抽出標本とはいえないという点があります。
人骨
の保存状態の問題では、貝塚やアルカリ性の強い土地でのみ人骨の保存が良く、
遺跡内、遺跡間での差が見られます。また、乳幼児の人骨は骨が薄いため残りにくく、
人口構成を調べる場合に偏りが生じることも数多くあります。
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形態と適応

人類の形態は、ある程度環境に適応しているといって良いと思います。
一般に動物は棲息する地域の気温に応じて、体の形や大きさが変化するという法則があります。
人類でも、熱帯に住む人に比べて、寒冷地に暮らす人は体重があり胸郭が大きく比較的四肢が短いので、
体重あたりの体表面積は小さい。熱の放散を防いで体温を一定に保とうとしているのでしょう。
また、顔の平坦さもこれに関係しているのかもしれません。

もっと、大きな問題は、現代の我々の形態がかつての長い間の採取狩猟民時代のなごりであって、
今の時代とは合わない部分があると思われる点です。
咬合の問題では、我々は咬耗を前提として歯がはえていたのではないでしょうか。
現代のように、まったくといっていいほど咬耗のない状態では、咬合が異常になるのは当然かもしれません。

また、形態とは別に、長い採集狩猟民時代に得た生体調節機構が、
この飽食社会ではついていけず、糖尿病、肥満などの成人病をもたらしていることも明らかです。
これは、シベリアや極北、太平洋地域でも起きています。
先に感染症の蔓延について述べたが、これはその次の段階の問題でです。
ある程度環境の抑圧から解放された結果、身長と体重の増加が進んでいます。
この形態の変化は現存する集団を追って調査を続ける必要があります。

過去の体つき、現在の体つき、未来の体つきはヒト特有の遺伝的制約を受けながら、
その時代の環境の影響を受け、ないしは解放され、変わるものと思われます。
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集団の研究

集団を単位とする場合、我々が知りたいことは、その集団の人口構成、生活様式、疾病蔓延状態(疫学)、
そして、集団の系統です。

現存する集団、つまり、今いる民族集団の場合は、直接、生体の調査ができます。
これも今では、血液を採取したり、指紋をとることは面倒です。

遺跡から出土する人骨を基に、集団像を復元する場合、他の章で述べたように、
標本が無作為抽出ではないことが問題になります。

これは、抽出標本の正規性の検定などの統計学的手法により、ある程度解決できると思います。
理想的にいうなら、完全に人骨が残る地層で、ある時期の遺跡に存在する墓をすべて発掘できれば完璧です。

また、性別年齢の判定の誤差を考慮して、人口構成を調べることにより、生命表の復元が可能となります。

かつては、乳幼児の死亡率がきわめて高かった。その中でも、どの年齢で死亡した個体が多いかは、
その集団が採集狩猟かある程度農耕に依存していたかを反映するといわれています。

生活様式ですが、これは''life activity induced pathology''とよばれる骨に見るいろいろな変化から、
人々の姿勢、作業を復元しようとするものです。
たとえば、歯の咬耗は歯を道具として作業に使用したかを示してくれます
(ただし、正確には、走査型電子顕微鏡による検査が必要)。

さらには、抜歯風習の広がりは、その社会のもつ独特な信仰を示しているのかも知れません。
また、四肢の骨には、例えば、習慣的な蹲踞姿勢をあらわす関節面の延長であるとか、
ある作業を表す関節炎の所見が見られることがあります。

女性骨盤に、ある溝があると出産を経験しているとする報告もあるが、
これは現代人の調査においては認められず、疑問視されています。
このように、常に原因と結果が直接結び付くかを検討していきながら、古い時代の人骨に応用することが大事です。

古人骨の疾病の調査は古病理学(Paleopathology)といいます。
骨に現れる病気や怪我は、疾病の内の一部です。

つまり、人骨を見て、その死因を特定できるのは僅かです。
死に至らないような骨折、慢性感染症などは、骨にその痕跡を残しやすいです。

齲蝕の調査は、そこの食生活をあるていど反映するだろうし、
慢性感染症の結核や梅毒の拡散は、処女地に対し欧米ないし大陸からのもっとも速いヒトの動きを表し、
その社会が変容していくことを示す重要な指標となります。
また、骨折、関節症などの疫学は、その社会の労働量の大きさをはかることに応用できるかもしれません。

ただし、医学の世界でも、誤診というものがあるように、感染症の診断はかなり難しいことは事実です。

感染症の確定診断はその病原体を見つけ出すことであるが、古い人骨では難しく、およそ形態的変化に頼らざるを得ません
(それほど、古くない人骨で、免疫反応により梅毒の病原体を確認したという報告があります)。

この点は、この古病理学研究の大きな弱点であることは間違いありません。
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集団の系統

人類集団の移動とか、各集団の類縁性を考え、たとえば、日本人の起源、
最初のアメリカ人の起源とその移動経路を明らかにすることは、たいそう面白いし、一般受けする分野です。

かつて骨は硬組織で、遺伝的にはっきりと形作られると考えられてきたが、
現在では生体の中でも、もっとも代謝の著しい組織であるとされています。

たとえば、頭の形は年ごとに丸くなっているし、筋が麻痺したところの骨は萎縮してしまいます。
このように環境と遺伝の両方の影響を受ける骨形態から、集団の系統を見い出そうとすることは、
遺伝学者のいうように無理があるかも知れません。

単に頭蓋を計測して得られた計測値を基に、各集団を調査し、種々の形態距離を用いて算出した結果は何でしょうか。
「形態的類似」は必ずしも系統を表しません
(表す場合の方が多い。これはかなりの遺伝子が形作りにかかわっているのでしょう)。

遺伝的に近いのにかなり形態が違う場合(アメリカインディアンとシベリアのモンゴロイド)、
形態は似ているのに遺伝的に遠い場合(アイヌとアメリカインディアン)があります。
これは、形態の多様性を表しているのであって、決して遺伝学が形態学に優るということではありません。
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骨から何がわかるのか

人骨資料は、形態学的研究のみならず、骨に残るタンパクとか微量の元素をもとに、たくさんの分析が可能です。

たとえば、炭素の放射性同位元素を用いて、人骨の絶対年代を出す、
炭素と窒素の安定同位体を用いて食性分析することなどが挙げられます。

さらには、骨から直接、ミトコンドリアや核のDNAを抽出、増幅し、遺伝学の研究も行われるようになっています。
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個体研究の問題と可能性

標本抽出の問題を、別にして、個体の問題から見てみると、標本が人骨であるか否かという基本的な問題があります。

人骨の場合、全体が揃っていれば、その極めてユニークな形態的特徴ゆえに、
すこし訓練された人ならば、判断を間違えることはありません。
しかし、骨が小片である場合は話が違ってくる。これには、かなりの専門的な知識と訓練が必要になります。
いわば名人芸の世界にはいってくるので、いささか客観性に欠けるようにみえるかもしれません。

同じ哺乳動物の場合、ごく断片、とくに指の骨ではなかなか判別は難しいです。
歯などは特徴があるが、ごく小さいときには電子顕微鏡でエナメル質を見る必要があります。

化石人類の場合は、1個体でものを言わなければならないことが多い。

この時に、見られた誤りとして、ヒトと他の動物の骨を間違ってしまった例が日本でもあります。
有名な例が、広島県帝釈狭の旧石器時代の地層から出土した鹿の角をヒトの大腿骨と間違った例です。
これは、日本の旧石器時代人というロマンを追い求めるあまりの勇足ということができると思います。

また、ヒトの骨であっても、偽物という事件も発生していました。

一つは、有名なピルトダウン人事件です。
これは、後期旧石器時代の頭蓋にオランウータンの下顎骨をあわせたものです。
その他に、偽物ではないが、日本でも明石から発見されたヒトの寛骨が
原人のものであるという考えが広まったことがあります。
では、これらはなぜ偽物ということが判明したのでしょうか。

ヒトの形態の進化を考える場合、もっとも類似するサルはチンパンジーといえます。
となると、個体変異も合わせて、その形態的変異の大きさは限られます。
また、アウストラロピテクス、ホモエレクトス、ホモサピエンスにいたる
進化段階での各骨格の形態的変化が明らかになってくると、
この流れに合わない化石が出てくることになるわけです。
それが、ピルトダウン人であり、明石原人でした。

このように、ものがある限り、再検討を加えることができ、正しい結果を得ることができることは、
骨を扱う人類学の強みでしょう。
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性別と年齢の判定

人骨の性別と年齢の判定について述べます。

性別の判定は幼小児では、ほとんど不可能です。
しかし、永久歯の大きさなどから、ある程度推測することができます。
成人に達していて、頭蓋や寛骨が残存して、熟練した人類学者が肉眼で判定しても9割、
また、いろいろな数値を用いて判別関数を作成しても、9割を越える程度の正解である。
かならず、誤りがあります。これは、人間形態の男女差が形態のばらつきに比べ、小さいことによります。

年齢については、幼小児では、歯の萌出状態による年齢推定が、一番信頼度が高い。
これも、1~2歳程度の誤差があります。若年では、寛骨の恥骨結合面の形態、四肢骨の骨端の癒合程度から判定します。
成人では、歯の咬耗状態、頭蓋縫合の癒合程度などをもとに判定しているが、およそ10歳単位の推定となります。
注意すべきことは、歯の大きさにしろ、歯の咬耗にしろ、集団間で異なるし、時代によっても大きく違ってくるので、
その人骨の出自を考えなければならないことです。
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人骨資料の活用

人骨から何が分かるかは、別な章で述べました。
現在、日本では、人骨資料は、東京大学理学部人類学教室、京都大学理学部人類学研究室、
九州大学大学院比較文化研究科、そして古くからある医学部などに所蔵しています。

医学部では、古い時代の解剖学研究から新しい分子生物学的研究へと移るにつれ、
現代人骨資料や古人骨資料の必要性が薄れてきています。
この中で、紛失する資料も出てきています。
そこで、東京大学や九州大学では、総合研究博物館なり、別の組織に移管して、活用をはかっています。
北海道にも有数の人骨資料があるが、アイヌ民族問題を考えながら、大学博物館なり自然史博物館において、
有効に活用していく必要があります。

また、日本全国での埋蔵文化財の調査は、年々増加し、発掘される人骨もかなりの量に達します。
その人骨を調査する人類学者はそれほど多くなく、発掘人骨の調査にも不都合が生じています。
私としては、この現状を改善するために、多数の発掘担当者の教育と形態人類学者の育成が必要と考えています。
すでに、奈良国立文化財研究所では、各自治体の発掘担当者の教育を行っているが、
講習会であり、実際にはあまり役立たないと思われます。
そこで、教員が教育学部の大学院で勉強するように、大学博物館などで発掘担当者身分を保証したままで、
大学院で教育するシステムをつくり活用することが大事でと思われます。
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