2. 三次元顔面形態に関連する遺伝因子のゲノムワイド探索(木村亮介, 佐藤丈寛, 山口今日子, 石田肇)
ヒトにとって顔は, 感覚器である目や鼻, 摂食機能を担う口といった重要な器官が集積されているだけでなく, 個体識別やコミュニケーション, 異性に対する魅力に関しても重要な役割を果たす。
ヒトの顔面形態は個体ごとに多様であり, また, それぞれの集団に特徴的な顔というのも認識されている。
実験動物や形態異常を伴う遺伝疾患の研究において, 顔面の形態形成に携わるたくさんの遺伝子が報告されているが, ヒト顔面形態の個体差に関する遺伝要因の多くは未だ明らかにされていない。
本研究では, 三次元デジタルスキャナやCT, 頭部X線規格写真(セファログラム)を導入して顔面形態の変異を詳細に解析し,DNAマイクロアレイを用いたゲノムワイド関連解析によって, その遺伝要因の同定を試みている。
沖縄在住の日本人734名を対象として, 三次元デジタルスキャナを用いて顔面の三次元画像を得た後, 顔面上の特徴点をプロットして, 点間距離や角度を求めた。
さらに2,596点からなるポリゴンモデルを用いて, 全ての顔面画像を相同モデル化することで複雑な形状の解析を行った。
主成分分析や独立成分分析によって, 共変動する形態成分を抽出するとともに, それらを従属変数とする重回帰分析によって, 出身地, 性別, 体格(身長およびBMI)と関連する成分を明らかにした。
そして, ゲノムワイド関連解析の結果, 顔面形態の指標と関連する遺伝子多型を同定した。
現時点では, アジア人を対象とする顔面形態のゲノムワイド関連解析は本研究を除いて報告されていない。
今後, 再現性とより強い統計学的有意性を得るために, サンプルサイズを大きくする必要がある。
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3. ゲノムワイド関連解析による手形態の遺伝要因の探索(米須学美, 木村亮介, 佐藤丈寛, 山口今日子, 石田肇)
ゲノム科学の進歩により形質に関する遺伝要因の探索が可能となり, 身長や肥満に関する多型も多く同定されている。
しかし, ヒトの手形態の変異と遺伝子多型との関連はLIN28BやSMOC1の変異体が第4指長(FL4D)に対する第2指長(FL2D)の比率(FL2D:FL4D)に関連することが近年のゲノムワイド関連研究(GWAS)で報告された例を除いてはほとんど明らかにされていない。
そこで本研究ではGWASにより手形態の個体差に関連する遺伝要因の探索を行った。
沖縄在住の男女合計767名を対象に, スキャナーを用いて被験者の左手の画像を撮影後, 画像処理ソフトウェアImageJを用いて特徴点の2次元座標値を抽出し,
第1指から第5指の長さ(FL1D - FL5D), 手首からそれぞれの指の付け根までの手掌長(PL2D - PL5D), 手掌幅(PB)を求めた。
また指幅に関しては末節(FBDP3D), 遠位関節(FBDJ3D, FBDJ5D), 中節(FBMP3D), 近位関節(FBPJ3D, FBPJ5D), 基節(FBPP3D)を計測した。
これらの計測値をもとにFL1D:FL3D, FL2D:FL4D, FL5D:FL3D, FL3D: PL3D, FL5D: PL5D, FL5D+PL5D:FL3D+PL3D, PB: PL3D, FBPP3D:FL3D, FBDP3D: FBPP3D, FBDJ5D: FBDJ3Dなどの指標を量的形質としてGWASを行った。
その結果, PB: PL3D, FBPP3D:FL3Dについてゲノムワイド有意水準であるP<5.0×10-8を示すSNPsが得られた。
また, FL5D: PL5DについてP=6.3×10-7を示したSNPは4番染色体上にあるHeart and neural crest derivatives expressed 2(HAND2)遺伝子近傍に位置していた。
HAND2遺伝子は心臓の形態形成, 肢芽から四肢への発達や指の形成に重要な役割を果たしていると報告されており,このSNPは手の内側の形状と関連する有力な候補と考えられた。
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4. 頭蓋サイズと認知に共通する遺伝的基盤の進化的考察(山口今日子, 佐藤丈寛, 石田肇, 木村亮介)
ホモ属の進化は大脳化に特徴づけられ, 脳容量の増加に伴い認知能力が高くなったと考えられている。
ヒトとネアンデルタールは脳の大きさが似ているが, 認知能力は同程度なのだろうか?
考古学的証拠によれば, ヒトにおいては創造性を持つ個体が新たな技術を生み出し, その技術を他の個体が社会学習により習得することで, 新たな環境に適応していったと考えられる。
そこで, ヒトとネアンデルタールの交替劇に学習能力や社会性がどのように関与したかを検証するために, まずはゲノムワイド関連解析のデータベースを用い, ヒトの認知や行動の遺伝的基盤の見解を得た。
また, 脳・神経系の遺伝基盤を, 認知・行動の神経基盤と, 脳・神経を中心において見直した。
さらに, ゲノムワイド関連研究を行い, 現代日本人における頭蓋関連遺伝子を同定した。
頭囲と関連を示した一塩基多型(SNP)の一部は統合失調症, 双極性障害, 自閉症などの精神疾患との関連が報告されている遺伝子に存在していた。
また, 同遺伝子上にホモ・サピエンスの系統で変化が生じたことが, デニソワ人, ネアンデルタール人のゲノムの研究から示唆されているため,
頭囲と関連があった遺伝子領域の進化的解析を行った。
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5. 男性の体毛の濃さに関連するSNPの探索(佐藤丈寛, 山口今日子, 石田肇, 木村亮介)
ゲノムワイド関連解析による体毛の濃さに関連する遺伝的多型の探索を行った。
男性の前腕の毛の濃さを5段階のグレードに分類したデータを表現型データとした。
約500万SNPsの遺伝子型データを用いて, 線形回帰モデルによる関連解析を行った結果, 6番染色体ETV7遺伝子上にゲノムワイド有意水準を満たすSNPを検出した。
同定されたSNPの派生型アリル頻度はネイティブアメリカン集団において極端に高くなっているため, このSNPが, 体毛が極端に薄いというネイティブアメリカンの特徴の原因の一つである可能性が考えられる。
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6. CT画像を用いたヒト頭蓋の形態解析(伊藤 毅, 木村亮介, 石田肇)
1)顔の掘りの深さにおける集団間差の解剖学的要因を明らかにするために,CT画像を用いて,顔の表面形状と内部構造との形態的関連性を調べた。
結果,掘りの深さといった顔の表面形状は,骨形状だけではなく,皮フの厚さや眼球の奥まりといった軟部組織の形態を大きく反映することが分かった(Ito et al., 投稿準備中)。
2)大サンプルを対象とした効率的な解析に向けて,CT画像から形状データを自動的に取得する方法を検討した。
elastixソフトウェアを用いて,参照個体から複数の対象個体へのボリュームデータの変形関数を計算することで,脳頭蓋の形状を捉えるセミランドマークを自動取得することに成功した。
3)CT画像処理で常につきまとう部分体積効果の問題を克服するために,スクリプト言語のPythonを用いて,エッジ検出によるセグメンテーションの方法を検討した。
結果,頭蓋全体を通して,理想値(Half-maximum height)近い位置で軟部組織と骨組織の境界を検出することができた。
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7. 頭蓋内鋳型から小脳容積を推定する手法開発とネアンデルタール及び更新世サピエンスへの応用(石田 肇)
頭蓋腔からは脳のサイズや解剖学的特徴に関する限られた情報が得られるが, 従来の人類学的研究において化石人類の小脳に注目したものはほとんどなかった。
なぜなら, ヒトの脳は, 他の霊長類に比べて容積が大きいだけでなく, 大脳皮質連合野が相対的に拡大しているという点で特異である一方,小脳が高度な認知機能に関与しているという証拠は乏しかったためである。
しかし近年, 小脳損傷に伴う機能障害の報告だけでなく, fMRIで測定される認知課題遂行時の小脳活動, 健常者内での小脳容積と認知機能との相関, 大脳皮質と小脳とを結ぶ神経連絡に関する研究などから, 小脳も認知機能の一部に関与しているとの考えが広まりつつある。
本研究では, エンドキャストから小脳と大脳の容積を推定する方法を開発し, それを用いてネアンデルタールと更新世ホモ・サピエンスに属する化石資料における脳全体に占める小脳の割合を推定し, 現代人と比較した。
日本人学生32人分の頭部MRIデータを対象に, 頭蓋腔上部の容積と大脳容積の相関, 後頭蓋窩の容積と小脳容積の相関を調べたところ, いずれも高い相関を示し, 頭蓋腔上部の容積は大脳容積を, 後頭蓋窩容積は小脳容積を推定するうえで有用な指標になりうることが確認された。
推定式をCTデータ由来のエンドキャストに適用可能にするため, 別の3人分の頭部MRI及び同一人の頭部CTデータからの計測値の比を使って, 32人分のMRIから測定された後頭蓋窩と頭蓋腔上部の容積を補正し, 頭蓋腔上部と大脳容積のRMA (reduced major axis),後頭蓋窩と小脳容積のRMAを導出した。
得られたRMA回帰式を化石資料に適用して脳全体に占める小脳容積の割合を算出したところ, 以下のことがわかった。
第一に, 中期および後期旧石器時代のホモ・サピエンスは小脳容積割合が現代人と変わらなかった。
第二に, ネアンデルタールは, 脳容量は現生人類と変わらないが, 小脳容積割合が有意に小さかった。
近年の神経科学研究によると, 小脳は運動スキル学習時の内部モデル形成に関わっており, 理論的には認知学習にも関与している可能性がある。したがって, 本研究で示された現生人類とネアンデルタールの小脳容積割合の差は, 学習の効率と関連していたかもしれない。
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8.オホーツク文化におけるヒトとイヌの炭素窒素同位体比分析(石田 肇)
炭素・窒素の安定同位体分析は, 過去の人類の食性を復元するのに用いられる方法として, 1980 年代以降盛んに応用されてきた(Lee-Thorp, 2008)。
有機物の炭素同位体比(δ13C)は生態系一次生産者の光合成回路によってシステマチックに変化し, たいてい, C3 植物の陸上生態系<海洋生態系< C4 植物の陸上生態系という順に値が大きくなっていく。
窒素同位体比(δ15N)は生態系の栄養段階を経るごとに増加していき, 被食者<捕食者,および陸上の食資源<海洋の食資源(栄養段階の連鎖が陸上に比べて長い), という順で値が大きくなる。
オホーツク文化は, 5–13世紀のサハリン・北海道・クリル諸島に暮らした定住的な狩猟採集漁撈集団の文化である。
サハリンから南下したオホーツク文化の人びとは, 北海道の北東沿岸を急速に拡散していくが, その際, 主要な食料資源が海産魚類から海獣へと変化した可能性が示唆されている(小野,1996a,b)。
オホーツク文化の人びとの食性復元を試みた先行研究には Chisholm et al(1992), 米田(2002), Naito et al.(2010a)があるが, 共伴する動物骨・魚骨のデータが乏しいため比較ができず, 人骨の分析点数も少ないという問題点があった。
本研究では, 北海道東部のオホーツク文化を代表する遺跡であるモヨロ貝塚より出土した成人骨58 点(北海道大学総合博物館所蔵)および動物骨・魚骨18 点(網走市立郷土博物館所蔵)を同位体分析し, 当時の食生態の復元を試みた。
分析とデータ解析の結果, 以下3 点が明らかになった。
i)同位体比に性差は見られなかったが, 男性のほうがδ13C のばらつきが有意に大きかった。
ii)ヒトは海産資源に大きく依存した食性を示し, 最大で80–90% の摂取タンパク質を海獣類に頼っていた。
iii)家畜と考えられるイヌ(2 個体)も海産物に依存した食性を示したが, そのタンパク質摂取源の構成は, 汽水域の魚類2–33%, 海産魚類3–40%,海獣類5–45% と, ヒトに比べて海獣類の寄与が明らかに小さかった。
同所的に暮らしたヒトとイヌで主要なタンパク質摂取源が違っていたことは, これら2 種が食資源の重複を回避できていた可能性を示唆する。
また, 北海道東部のオホーツク文化におけるヒトの食性が海獣類に大きく依存していたという結果は, 先行研究の仮説や結果(小野, 1996a, b; Naito et al., 2010a)と整合的である。
ただし, イヌの同位体比は海獣類のそれと強く似通っており, もしヒトが食資源として多量のイヌを摂取していた場合, ヒトの摂取タンパク質における海獣類の割合は80–90%よりも低下することが予想される。
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