研究概要(木村亮介)
1. 琉球列島の人々の集団構造と集団史の解明
2. 三次元顔面形態に関連する遺伝因子のゲノムワイド探索
3. アジア人における皮膚の機能的形質および細菌叢に関する遺伝人類学研究
4. ヒト学習能力の進化モデルの研究
5. ゲノムワイド関連解析による手形態の遺伝要因の探索
6. 頭蓋サイズと認知に共通する遺伝的基盤の進化的考察
7. 男性の体毛の濃さに関連するSNPの探索
8. CT画像を用いたヒト頭蓋の形態解析
1.琉球列島の人々の集団構造と集団史の解明(佐藤丈寛, 山口今日子, 木村亮介, 石田肇)
ゲノムワイドSNPデータを用いた集団遺伝学的解析により, 琉球列島の人々の集団史を推定する研究を行った。
主成分分析やクラスター解析による集団構造解析, 系統解析, 分岐年代推定などの解析の結果, 沖縄集団と宮古集団の遺伝的分化や, その分化が台湾先住民の遺伝的寄与によるものではないこと,宮古集団が過去に小さな集団サイズを経験していること, 沖縄集団と宮古集団の分岐年代が古くても3,000年ほど前であることなどを示す結果が得られた。
本研究の結果は, 琉球列島の人々を対象にした関連解析等の研究にも重要な基礎データを提供できるものと思われる。
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2. 三次元顔面形態に関連する遺伝因子のゲノムワイド探索(木村亮介, 佐藤丈寛, 山口今日子, 石田肇)
ヒトにとって顔は, 感覚器である目や鼻, 摂食機能を担う口といった重要な器官が集積されているだけでなく, 個体識別やコミュニケーション, 異性に対する魅力に関しても重要な役割を果たす。
ヒトの顔面形態は個体ごとに多様であり, また, それぞれの集団に特徴的な顔というのも認識されている。
実験動物や形態異常を伴う遺伝疾患の研究において, 顔面の形態形成に携わるたくさんの遺伝子が報告されているが, ヒト顔面形態の個体差に関する遺伝要因の多くは未だ明らかにされていない。
本研究では, 三次元デジタルスキャナやCT, 頭部X線規格写真(セファログラム)を導入して顔面形態の変異を詳細に解析し,DNAマイクロアレイを用いたゲノムワイド関連解析によって, その遺伝要因の同定を試みている。
沖縄在住の日本人734名を対象として, 三次元デジタルスキャナを用いて顔面の三次元画像を得た後, 顔面上の特徴点をプロットして, 点間距離や角度を求めた。
さらに2,596点からなるポリゴンモデルを用いて, 全ての顔面画像を相同モデル化することで複雑な形状の解析を行った。
主成分分析や独立成分分析によって, 共変動する形態成分を抽出するとともに, それらを従属変数とする重回帰分析によって, 出身地, 性別, 体格(身長およびBMI)と関連する成分を明らかにした。
そして, ゲノムワイド関連解析の結果, 顔面形態の指標と関連する遺伝子多型を同定した。
現時点では, アジア人を対象とする顔面形態のゲノムワイド関連解析は本研究を除いて報告されていない。
今後, 再現性とより強い統計学的有意性を得るために, サンプルサイズを大きくする必要がある。
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3. アジア人における皮膚の機能的形質および細菌叢に関する遺伝人類学研究(木村亮介)
本研究では, ABCC11とEDARにみられるアジア特異的な変異の利点を知るため, 遺伝子型と皮膚形質の個体差との関連を明らかにした上で, 更に, それらの条件と皮膚における細菌叢との関連を解き明かすことを目的とする。
多検体を用いて皮膚細菌叢と宿主の遺伝要因との関連を解析した研究は未だ少なく, 皮膚細菌叢の個体差・集団差を理解する上で本研究は意義がある。
本年度は, データおよびサンプル取得方法の整備および皮膚細菌叢のメタ16S解析の系の確立を主に行った。
約20名を対象に, 顔面および腕の様々な箇所でマルチ皮膚計測値を用いた計測(水分量, 水分蒸散量, 皮脂量, pH), ポルフィリン発光の密度計測などを行い, 安定した計測方法を確立した。
また, 額, 鼻, 腕, 腋, 胸, 趾など様々な部位から細菌叢サンプルを採取した。
メタ16S解析のために, イルミナ社の小型次世代シーケンサMiSeqを用いた系の確立を行った。
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4. ヒト学習能力の進化モデルの研究(木村亮介)
ヒトでのみ顕著にみられるイノベーション行動は, どのような条件の下で進化できるのだろうか。
本研究では, 資源を平等分配する協力社会の下でリスクの伴うイノベーション行動が許容されることを示すとともに,
イノベーションの担い手である個体学習者の集団中の頻度および技術進化速度に影響を及ぼす要因について調べた。
結果, 協力社会の下においても, イノベーション行動は進化的に弱有害ではあるが, mutation-selection平衡によって集団中に維持され得ることが示された。
このことは, イノベーション行動に係わる遺伝子変異が必ずしも正の自然選択を受けて進化しているわけではないことを意味した。
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5. ゲノムワイド関連解析による手形態の遺伝要因の探索(米須学美, 木村亮介, 佐藤丈寛, 山口今日子, 石田肇)
ゲノム科学の進歩により形質に関する遺伝要因の探索が可能となり, 身長や肥満に関する多型も多く同定されている。
しかし, ヒトの手形態の変異と遺伝子多型との関連はLIN28BやSMOC1の変異体が第4指長(FL4D)に対する第2指長(FL2D)の比率(FL2D:FL4D)に関連することが近年のゲノムワイド関連研究(GWAS)で報告された例を除いてはほとんど明らかにされていない。
そこで本研究ではGWASにより手形態の個体差に関連する遺伝要因の探索を行った。
沖縄在住の男女合計767名を対象に, スキャナーを用いて被験者の左手の画像を撮影後, 画像処理ソフトウェアImageJを用いて特徴点の2次元座標値を抽出し,
第1指から第5指の長さ(FL1D - FL5D), 手首からそれぞれの指の付け根までの手掌長(PL2D - PL5D), 手掌幅(PB)を求めた。
また指幅に関しては末節(FBDP3D), 遠位関節(FBDJ3D, FBDJ5D), 中節(FBMP3D), 近位関節(FBPJ3D, FBPJ5D), 基節(FBPP3D)を計測した。
これらの計測値をもとにFL1D:FL3D, FL2D:FL4D, FL5D:FL3D, FL3D: PL3D, FL5D: PL5D, FL5D+PL5D:FL3D+PL3D, PB: PL3D, FBPP3D:FL3D, FBDP3D: FBPP3D, FBDJ5D: FBDJ3Dなどの指標を量的形質としてGWASを行った。
その結果, PB: PL3D, FBPP3D:FL3Dについてゲノムワイド有意水準であるP<5.0×10-8を示すSNPsが得られた。
また, FL5D: PL5DについてP=6.3×10-7を示したSNPは4番染色体上にあるHeart and neural crest derivatives expressed 2(HAND2)遺伝子近傍に位置していた。
HAND2遺伝子は心臓の形態形成, 肢芽から四肢への発達や指の形成に重要な役割を果たしていると報告されており,このSNPは手の内側の形状と関連する有力な候補と考えられた。
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6. 頭蓋サイズと認知に共通する遺伝的基盤の進化的考察(山口今日子, 佐藤丈寛, 石田肇, 木村亮介)
ホモ属の進化は大脳化に特徴づけられ, 脳容量の増加に伴い認知能力が高くなったと考えられている。
ヒトとネアンデルタールは脳の大きさが似ているが, 認知能力は同程度なのだろうか?
考古学的証拠によれば, ヒトにおいては創造性を持つ個体が新たな技術を生み出し, その技術を他の個体が社会学習により習得することで, 新たな環境に適応していったと考えられる。
そこで, ヒトとネアンデルタールの交替劇に学習能力や社会性がどのように関与したかを検証するために, まずはゲノムワイド関連解析のデータベースを用い, ヒトの認知や行動の遺伝的基盤の見解を得た。
また, 脳・神経系の遺伝基盤を, 認知・行動の神経基盤と, 脳・神経を中心において見直した。
さらに, ゲノムワイド関連研究を行い, 現代日本人における頭蓋関連遺伝子を同定した。
頭囲と関連を示した一塩基多型(SNP)の一部は統合失調症, 双極性障害, 自閉症などの精神疾患との関連が報告されている遺伝子に存在していた。
また, 同遺伝子上にホモ・サピエンスの系統で変化が生じたことが, デニソワ人, ネアンデルタール人のゲノムの研究から示唆されているため,
頭囲と関連があった遺伝子領域の進化的解析を行った。
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7. 男性の体毛の濃さに関連するSNPの探索(佐藤丈寛, 山口今日子, 石田肇, 木村亮介)
ゲノムワイド関連解析による体毛の濃さに関連する遺伝的多型の探索を行った。
男性の前腕の毛の濃さを5段階のグレードに分類したデータを表現型データとした。
約500万SNPsの遺伝子型データを用いて, 線形回帰モデルによる関連解析を行った結果, 6番染色体ETV7遺伝子上にゲノムワイド有意水準を満たすSNPを検出した。
同定されたSNPの派生型アリル頻度はネイティブアメリカン集団において極端に高くなっているため, このSNPが, 体毛が極端に薄いというネイティブアメリカンの特徴の原因の一つである可能性が考えられる。
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8. CT画像を用いたヒト頭蓋の形態解析(伊藤 毅, 木村亮介, 石田肇)
1)顔の掘りの深さにおける集団間差の解剖学的要因を明らかにするために,CT画像を用いて,顔の表面形状と内部構造との形態的関連性を調べた。
結果,掘りの深さといった顔の表面形状は,骨形状だけではなく,皮フの厚さや眼球の奥まりといった軟部組織の形態を大きく反映することが分かった(Ito et al., 投稿準備中)。
2)大サンプルを対象とした効率的な解析に向けて,CT画像から形状データを自動的に取得する方法を検討した。
elastixソフトウェアを用いて,参照個体から複数の対象個体へのボリュームデータの変形関数を計算することで,脳頭蓋の形状を捉えるセミランドマークを自動取得することに成功した。
3)CT画像処理で常につきまとう部分体積効果の問題を克服するために,スクリプト言語のPythonを用いて,エッジ検出によるセグメンテーションの方法を検討した。
結果,頭蓋全体を通して,理想値(Half-maximum height)近い位置で軟部組織と骨組織の境界を検出することができた。
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