|
「ここに何種類の生物がいるだろう?」という問いは、生物多様性を考える上で大きな問題の一つだが、なかなか手強い問題でもある。例えば沖縄島に生息する鳥類の種のリストを作るならほぼ全ての種を網羅できると期待されるが、クモやゴカイで同じことを試みても完成度はかなり低いだろう。なぜなら、多くの種に“名前がついていない”からだ。
Wilson (1992)の推計ではこれまでに世界で約140万種の生物が記載されて(=名前が付けられて)おり、地球上に存在する全生物の種数を1000万種以上としている。つまり、全体の85%以上は未記載(=まだ名前が付いていない)のままということになる。もちろん、この見積は研究者によってかなり異なるが、名前のついている種よりも遥かに多い種(数倍〜数十倍)が名無しのままであることは間違いない。すなわち、我々は無数の未記載種に取り囲まれながら、生物の種多様性を論じているのである。とりわけ海の中には「名前のない生き物」が無数に存在する。それも、稀にしか見つからない生物だけではなく、身近で普通に見つかるにもかかわらず「小さいから・地味だから」という理由で見過ごされてきたものも多い。もちろん、目立たないことが生態系の構成員として重要ではないことを意味しない。
「ホヤの仲間の生き方」を形(形態)から探るのが本業である私が、種分類に関わる話題を取り上げるのは僭越であるかも知れない。しかし、ユニークな研究対象を求めれば「見過ごされてきた種」にぶつかることは避けられない。ここでは私の研究室で扱っている動物を例に、我々がたくさんの種・分類群を見過ごしている現状を紹介したい。

Phallusia nigra は血球中に高濃度のバナジウムを濃縮することでも有名だが、10年前までは沖縄島に分布することは知られていなかった。 |
 Diplosoma ooru は鮮やかな緑色の群体性ホヤで、沖縄島のサンゴ礁で普通に見られる。(万座、水深約30cmで撮影) |
<ホヤは見過ごされている>
1997年に琉球大学に着任した私がはじめに扱ったのは、宜野湾港マリーナの桟橋でごく普通に見られる真っ黒なホヤで、いろいろ文献をあたったところ、このホヤは Phallusia nigraであることがわかった。これまで日本近海では本種はもとよりPhallusia属の記録がなかったので、これは属の日本初記録となる。脊椎動物や高等植物なら少しは話題になったかも知れないが、ホヤではそうはいかない。大きい個体は10cmを越え、桟橋から手を伸ばせば届く所にもいるので、本種はホヤとしてはかなり「目立つ種」なのだが、誰も気に留めていなかったのである。
現在、私は共生藻を持つ群体性ホヤを材料に共生様式の多様性と進化を主要なテーマとして研究を進めている。日本では1954年に宝島(トカラ列島)より新種記載されたミドリネンエキボヤとシトネボヤをはじめ計4種が記録されていたが、我々のスノーケリングによる調査によって、琉球列島では新たに10種以上の共生ホヤが記録された。そのほとんどが既に熱帯海域で記載されている種であるが、2種の共生性ホヤ(Diplosoma ooruとD. simileguwa )を新種記載することができた(Oka et al., 2005)。この2種は水深1m以浅で薄いシート状の群体をつくり、共生藻のために鮮やかな緑色を呈する。沖縄島をはじめ琉球列島の各地で確認され、さらにヘロン島(グレートバリアリーフ)やパラオからも見つかっているので、かなり分布は広いようだ。これまでに、誰かが記載していてもよさそうなものだが、SCUBA潜水で見つけるには生息域が浅すぎることがこれまで見逃されてきた理由かもしれない。
<内肛動物を見たことありますか?>
私の研究室で学位を取得した伊勢戸徹博士の専門は単体性内肛動物の分類である。この付着性動物は長さ数ミリしかないので、野外で肉眼によって見つけることは難しい。彼が研究を始めた時点では、琉球列島からの記録は全くなかった。字義通りに解釈すれば、琉球列島では内肛動物門(Phylum Entoprocta)のいかなる種も発見されたことがないということだ。伊勢戸博士によって、これまで10種の単体性内肛動物が沖縄から記録されている。驚くべきことに、この10種全てが未記載種だったので、いずれも彼の手で新種記載されることになった。これには1新属Loxocoroneも含まれている。確かに内肛動物は小さくて見つけにくい動物である。しかし宜野湾漁港や北谷町水釜の海岸に2ヶ月間設置したガラス板上では、単体性内肛動物が最も優占する付着動物である(Iseto et al., 2007)。つまり、内肛動物は決して稀な動物ではなく、見過ごされてきた動物なのである。極端に研究者が少ない生き物の種数や分布は、しばしば研究者の分布に対応すると言われることがあるが、これはその典型的な例である。現役の内肛動物研究者は世界でも数人しかいないので、伊勢戸博士も孤軍奮闘を余儀なくされている。
<吸血動物ウミクワガタ>

左:海綿の上に群生する単体性内肛動物の未記載種 Loxosomella sp.(写真提供:伊勢戸 徹)
右:2004年に田中克彦博士が新種記載したウミクワガタGnathia camuripenis (写真提供:太田悠造) |
ウミクワガタは体長数ミリから1センチ程度の小型甲殻類で、雄はクワガタムシのような大顎を持つが、幼生はむしろヤゴに似た姿で魚の体表から血を吸う。世界で約180種のウミクワガタが記載されているが、これもまた琉球列島からの記録が全くなかった。ところが、私が担当する学生実習でたまにウミクワガタの幼生らしいものが採れるのである。標本をウミクワガタの生態を研究している田中克彦博士に送ったことを契機に、田中博士が沖縄島・石垣島へ採集に訪れることとなり、これまでに2新種が記載されている。実は私が送った「幼生らしい標本」は大顎が極端に小さな雄成体であることがわかり、本種をもとに新属Tenerognathia属がつくられることになった (Tanaka, 2005)。現在私の研究室の太田君が、田中博士と協力して沖縄産ウミクワガタ類の探索を進めている。
新種が生まれるのは、「誰も採ったことがなかった珍しい種を発見した場合」や「これまで1種と考えられていた種が、2種以上で構成されているとわかった場合」だけではない。今回取り上げた「見過ごされてきた種を認識する」ことは生物多様性を理解する上で極めて重要である。しかし、「小さい・地味な」生き物は人の関心を集めることが難しく、経済活動と直接結びつくことも稀である。従って、現役の研究者も新たな人材育成の場も少ないのが実情である。本COEプログラムを基盤に、琉球大学が生物多様性の研究・教育拠点を志向する中で、私の研究室は「見過ごされてきた種に取り組む」場と機会を提供してゆきたい。
|