琉球大学21世紀COEプログラムLOGO サンゴ礁島嶼系の生物多様性の総合解析:アジア太平洋域における研究教育拠点形成
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** Newsletter アマミキヨ no. 5(July 2007) **
--- COE教員の研究紹介 ---
チョウの色模様形成と種分化を表現型可塑性から観る
大瀧 丈二(遺伝子の多様性研究グループ)
実験的に誘導されたタテハモドキの色模様修飾
実験的に誘導されたタテハモドキの色模様修飾

 生物多様性という言葉を「種の数」という視点からとらえると、すべての生物の中で昆虫は群を抜いて大きな多様性を持つ。その昆虫の中でも最も繁栄しているのは完全変態を行う昆虫類で、その中でも鞘翅目Coleopteraと鱗翅目Lepidopteraの多様性が著しい。鞘翅目とは、甲虫目とも言われ、いわゆるカブトムシのように硬い鞘(さや)に覆われている昆虫である。一方、鱗翅目とは、チョウ・ガのことである。

  亜熱帯域の琉球列島は世界的に見ても大きな生物多様性を持ち、多様な昆虫類が生息している。独特の色模様を持つチョウも多く棲息しており、私たちはそれらのチョウを主な研究対象としている。特に、チョウの環境変化に対する生理的・遺伝的適応機構について研究している。環境変化に対する生理的・形態的適応は「表現型可塑性」の現れである。 

  私たちの研究は、いくつかのチョウの種の表現型可塑性を検証することに基盤を置き、色模様形成と種分化について発生生理学的なアプローチを展開している。基本的理念は、「発生学的な表現型模写を作ることがパターン形成の分子メカニズムの探索につながる」および「表現型可塑性を引き出す外部要因が自然選択と種分化の基礎を与える」という二点に集約される。つまり、チョウの翅の色模様の発生学的側面と進化学的側面を表現型可塑性という観点から捉えるのである。

トリバネアゲハおよびモルフォチョウの翅断片をメタノールに浸すと、波長の長い色に変化する。これは、翅の色が色素ではなく、微細構造から成り立つものであり、メタノールの屈折率が空気よりも大きいために起こる現象である。そのため、変色は可逆的である
トリバネアゲハおよびモルフォチョウの翅断片をメタノールに浸すと、波長の長い色に変化する。これは、翅の色が色素ではなく、微細構造から成り立つものであり、メタノールの屈折率が空気よりも大きいために起こる現象である。そのため、変色は可逆的である(写真提供:風間真)。
トリバネアゲハの鱗粉断面の走査電子顕微鏡写真。特殊な微細構造が「色」を作り出す
トリバネアゲハの鱗粉断面の走査電子顕微鏡写真。特殊な微細構造が「色」を作り出す(写真提供:風間真)。

 このような視点、特に「表現型可塑性」というキーワードを強調しつつ研究を進めているが、具体的には、それぞれの種の特性を生かしたテーマを幅広く展開している。私たちが主に使用している生物種は、タテハモドキJunonia almana、アオタテハモドキJunonia orithya、アカタテハVanessa indica、ヤマトシジミZizeeria mahaである。少し例外的であるが、カブトムシTrypoxylus dichotomusにも研究対象を広げたところである。この場合は色模様ではなく、角の可塑性に関する研究となる。また、優美な金属光沢を持つトリバネアゲハの構造色と進化の研究や哺乳類嗅覚系の可塑性の研究も継続している。

  大きな眼状紋(目玉模様)を持ち、色模様が比較的シンプルなタテハモドキJunonia almanaは色模様修飾実験の格好の対象となる。他の種では困難な修飾個体の作出にも本種では成功した。少なくとも本種では、ほぼすべての色模様単位が眼状紋焦点からのシグナルに影響されることがわかった。ただし、タテハモドキの累代飼育は容易ではなく、今後の課題として残されている。

 同じく眼状紋を持つアオタテハモドキJunonia orithyaの鱗粉サイズ測定結果から、翅上の位置によって鱗粉細胞の成長開始時期あるいは成長速度に違いがあることが示唆された。これらの結果をもとに、色模様形成のヘテロクロニー・モデルを提唱している。「へテロクロニー」とは、発生学の言葉で、「発生段階の時間差によって多様な形態を生じること」である。
アカタテハ属の翅の輝度・色彩をグラフ化したもの。それぞれの種はそれぞれの輝度・色彩を持つ。アカタテハへのエクジソンの過剰投与により、輝度・色彩を大きく変化させることができる。
アカタテハ属の翅の輝度・色彩をグラフ化したもの。それぞれの種はそれぞれの輝度・色彩を持つ。アカタテハへのエクジソンの過剰投与により、輝度・色彩を大きく変化させることができる。
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さらに、アカタテハVanessa indicaの修飾個体が同属他種個体と類似していることから、アカタテハ属の進化についても考察している。アカタテハ属は微妙だが明確に異なるいくつかの種から構成されている。その色模様は少なくともエクジソンおよびコールドショック・ホルモンという2種類のホルモンの活性に大きく影響されていると思われる。

  コールドショック・ホルモンの実体は未だ明らかではないが、そのホルモンに対する自然選択が偶発的な「副作用」として色模様修飾を助長し、新種の色模様の基礎を作ったとする「副作用モデル」を提唱している。このモデルによると、チョウの色模様は必ずしも直接的な自然選択の対象として進化してきたのではない。アカタテハ属祖先種にとって進化の選択肢は表現型可塑性の及ぶ範囲内に限られていたのではないか。色模様が直接自然選択されてきたのではなく、寒暖の差が激しい環境に適応するためのホルモンの分泌効率が自然選択の対象となり、その副作用として色模様が変化したのではないかと考えられる。この副作用モデルでは、微妙なチョウの色模様などを含めた「生態的に意味のない形質」が種に固定されることになる。つまり、チョウの色模様の多様性には一種の「遊び」も含まれているということである。

 一方、ヒメアカタテハVanessa carduiにストレスを与えるとその近縁種オーストラリアヒメアカタテハVanessa kershawiに類似した色模様を示す。オーストラリアの厳しい環境が共通の祖先種の表現型可塑性を引き出した結果として異所的種分化が進行したことが伺える。さらに、ヤマトシジミZizeeria mahaにおいて隠された表現型が表出される事例が野外で得られた。この例は、表現型可塑性が自然選択の対象となる形質に幅を与えることで種分化が促進されるという説を支持する実例として注目される。

オワンクラゲ由来の緑色蛍光蛋白質(GFP)を導入されたタテハモドキの鱗粉細胞。 左は可視光、 右はGFP励起光による同一視野の写真。いくつかの鱗粉細胞が緑色蛍光を発している。
オワンクラゲ由来の緑色蛍光蛋白質(GFP)を導入されたタテハモドキの鱗粉細胞。 左は可視光、 右はGFP励起光による同一視野の写真。いくつかの鱗粉細胞が緑色蛍光を発している。

  並行して、環境変化に対して第一線の感知システムとして機能する嗅覚系を対象として分子レベルの研究も進めている。特に、生物最大の遺伝子ファミリーを構成している匂い受容体をはじめとして、そのタンパク質のアミノ酸配列から立体構造を予測するシステムの開発にも取り組んでいる。多様性と可塑性を持つ嗅覚系の研究は、それらを分子レベルで理解するための拠り所となるであろう。
このように、私たちの研究室では、生態・進化レベルから個体・分子レベルの生理学までを対象としているが、表現型可塑性の分子的基盤を解明するには至っていない。今後とも、沖縄の自然環境を生かしつつ、その目標に向かって努力していきたい。

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