ドップラスペクトルの例

短波海洋レーダとは、短波帯の電波を左図のように海面に照射し、散乱された信号を受信することによって海の流れや波高などを観測する装置である。海洋レーダの受信した信号が海のどこ(レーダからの距離及び方位)で散乱されたかを知ることは可能である。その距離・方位分解能は各々km,数度程度のオーダーである。ここではそのレーダからの距離・方位の同定の原理及び距離・方位分解能がどのように決まるかなどの説明については省略する。




ドップラ効果

短波海洋レーダによる海流測定の原理とは,ドップラ効果を利用したものである。左図のように動いている散乱体に反射した電波の周波数はドップラ周波数だけ変化する。










スペクトルの説明
不規則な変動をする物理量(例えば「ある一点で測定した海面の高さ」や「海洋レーダが受信した海面によって散乱された電波」などがここでは相当する)は, 様々な周波数fの正弦波の重ね合わせと見なせる。その正弦波のエネルギー密度分布は スペクトルS(f)によって表される。例えば周波数fから周波数f+δfまでの正弦波のエネルギーは左図の青色部の面積に相当する。











海洋表面波の表現
上の例では,時間に対して不規則な変動をする物理量についてである。海洋表面波(海の波)のように海面の高さが時間及び空間(平面)に対して不規則な変動をする物理量についても同様に考える。なお海洋表面波については,波長と周波数は一意に対応する。その関係式は下の式(1)である。この関係式を線形波の分散関係という。





後方散乱
電波を海面に照射したら, 波があるため、電波はあらゆる方向に散乱する。このうち電波が入射した方向と反対方向の散乱を後方散乱という。海洋レーダは電波の送信も受信も(ほぼ)同じ場所で行っている。従って受信電波は後方散乱された電波である。


ブラッグ散乱
海面によって散乱された短波帯の電波は、(上で説明した)海洋表面波の成分波による寄与の重ね合わせである。つまり各成分波によって散乱された電波を重ね合わせたものであると考えらる。ところが受信される電波はある照射域(レーダの距離・方向分解能能によって決定)で積分したものとなる。特定の成分波を除いて、各成分波によって散乱された電波の位相はずれている。従って照射域で積分することよって散乱電波はキャンセルし、受信電波に寄与しない。
 電波の入射角θ,電波の波長Lとする。左上の関係式を満たす波長LBでかつ電波の進行方向の水平成分(あるいはその逆)に伝播する成分波によって散乱された電波は左図のように位相が揃っている。従って受信電波はこの成分波によって散乱されたものである。これをブラッグ散乱という。


ドップラスペクトル
受信電波のスペクトルを求めると、(電波の受信)周波数に対するエネルギー密度が得られる。それをドップラ周波数(受信周波数−送信周波数)の関数として表したのが左のドップラスペクトルである。左図の二つのドップラスペクトルピークを一次散乱という。これは上で述べたブラッグ散乱によるものである。またその周囲の明らかに雑音に比べて大きな信号を二次散乱と呼ぶ。二次散乱については他の機会に述べる予定である。




一次散乱のピークのドップラ周波数
この一次散乱のピークのドップラ周波数は左のようにして求められる。なお上図における入射角θは90度としている。すなわち一次散乱のピークのドップラ周波数はブラッグ散乱に関与する成分波の位相速度に対応する。この一次散乱のピークのドップラ周波数は左上図のfBである。一次散乱のピークが正負両方のドップラ周波数に対してある。これはレーダに向かう(電波の進行方向と逆方向の)成分波とレーダから遠ざかる(電波の進行方向の)成分波によるものである。


海の流れの視線方向速度
ところが実際にドップラスペクトルを求めると、一次散乱のピークの位置はfBからずれている。これは海の流れによるものである。ブラッグ散乱に関与する波の速度は、分散関係より決まる速度+海の流れである。従って上のドップラスペクトルにおいてΔfを求めることによって、海の流れの視線方向速度成分を求めることができる。









Q&A
Q:波向きはレーダ方向に対して平行であるとは限りませんが、そういうときでも海の流れは測定できる(一次散乱は受かる)のでしょうか?
A:ここでいう波向きとは例えば卓越波の方向のことをいうのでしょうが、卓越波向きがレーダ方向に対して直交していても、レーダ方向に対して平行な成分波がゼロになるわけではないので問題ありません。

(少し専門的な質問)
Q:fBを求めるのに線形波の分散関係(上の式1)を使って問題ないでしょうか。例えば周波数の関数として波の位相速度を求めた場合、周波数が高くなると位相速度はほぼ一定となり、線形波の分散関係からずれてしまうと思いますが。
A:質問における線形波の分散関係からずれとは、束縛波(ストークス波における二次高調波に相当するもの)によるものです。短波の海面散乱においても二次散乱まで考えるならば、海面波を一般化したストークス波、すなわち線形波の分散関係を満たす一次の波+束縛波 とモデル化します。
ドップラスペクトルにおいて、束縛波による寄与は二次散乱に表れます。一次散乱には一次の波しか寄与しないため、線形波の分散関係を用いても問題ありません。

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