ホリデイ・トレッキング・クラブ

池田 譲(いけだ ゆずる)


ポスドク時代(ホプキンス臨海実験所にて)

履歴
1964年 大阪府堺市生まれ
[学歴]
1983年 都立田園調布高等学校卒業
1988年 北海道大学水産学部水産増殖学科卒業
1993年 北海道大学大学院水産学研究科水産増殖学専攻博士課程修了
[職歴]
1993年 財団法人水産科学研究奨励会 奨励研究員
1994年 スタンフォード大学 客員研究員
1995年 日本学術振興会 特別研究員(於:京都大学)
1998年 京都大学 研修員
1999年 理化学研究所脳科学総合研究センター 研究員
2003年 琉球大学理学部海洋自然科学科 助教授
2005年 琉球大学理学部海洋自然科学科 教授


専門分野:動物行動学;水産増殖学;頭足類学
研究分野:頭足類の社会性を中心とした行動学;頭足類の自然史;頭足類の飼育学


−研究者になるまでの道程−


【出自】大阪生まれですが、小学1年から東京で育ったため関西弁は喋れず、専ら東京弁です。ただ、どこかに関西の血は流れているのでしょう。



【学びへの契機】将来の進路を決する高校時代に、明確な目標を見出すことが出来ませんでした。高校まではあらゆる教科を学ぶのに、大学に入るにあたり学部や学科といった専門を決めることに戸惑いを覚え、一体、自分は何に向いているのか答えを出せませんでした。漠とした中で予備校に通う浪人時代に、一足先に大学生となっていた従兄弟と語らう中で、大学で生物学を学びたいという思いがふつふつと生まれ、それが学びへのスタートとなりました。



【アドベンチャー開始】東京から遥か離れた北海道へと導かれ、大学生活を始めました。当初は、理学部に進んで生物学をとの思いがありましたが、諸般の事情から、その思いを水産学部という、それまであまり親しみのなかった学び舎で実現させることになりました。「人生における大切な選択は、案外、ひょんなことで決まることがある」。そういう話しをよく耳にしますが、私の場合もそうであったように思います。
 特段、魚が好き、海が好き、などといった背景はなかったので、大学入学間もない頃に、札幌のデパ地下で大きな新巻鮭を見た時、「ああ、たいへんな所にきてしまったな」と感じました。しかし、教養課程、専門課程と学びを進めるうちに、水の中という独特な世界に生きる生物たちを通じて学ぶ科学に、魅力を感じていったように思います。そして、いつしか、水産という世界にも強い関心を持つようになりました。そしてそれは、その後、私を長く北海道という、魅力的な地に留める動機となりました。



【イカとの出会い】私はイカを研究していますが、イカに関わるようになったのは、大学院に進んでからのことです。ちょうどその時期に、これからイカを研究するという先生と出会い、勧められるままにイカを研究することにしたのです。言ってみれば、当時の私にはイカという動物を科学対象にするという発想はありませんでした。ただ、大学での学びの動機は「生物学をやりたい」という思いだったので、対象生物に対する特別なこだわりはありませんでした。ともあれ、この恩師に出会った幸運と自身がもっていたある種の柔軟性から、その後ながく関わることとなったイカと出会ったわけです。



【紆余曲折】無事に学位を取得し、ポストドクトラルとしての歩みを開始しました。この時期は、好きなことだけやるというよりは、その時々で解決を待つ研究課題のもとに自身を置くというのが実際でした。まあ、ポスドクという即戦力に求められる内容として、これは本来のものかもしれません。この間に、国内外を渡職人のように移動して行きました。研究テーマは色々と変わったのですが、イカという対象だけは変わりません。このような時間を通じて、イカという動物とずっと付き合って行こうとの思いが私の中に生まれました。



【行動学との出会い】理研に導かれ、脳科学の一翼を担うことになりました。これは私にとっては大きな転機となりました。私に求められていたのは、イカを対象とした脳科学でした。実際には、イカを脳科学の土俵に載せるための環境整備というもの。イカを水槽で飼い、世話をし、観察するというのが日常でした。実は、イカは非常に飼育が難しい動物です。世界的に見ても、生きたイカを対象に研究している所はほとんどありません。幸いにも私は、大学院でイカの飼育法を、恩師を通じて身に付けることが出来ました。その経験を駆使し、さらに発展させるということを理研でやっていたわけです。その中で、イカの行動から脳を探るというアプローチへと進みました。
 動物行動学(エソロジー)という分野があります。フォン・フリッシュ、ティンバーゲン、ローレンツという3人が創出した学問です。私は、ずっと以前からこの分野に関心がありました。ただ、それを進める機会はありませんでした。イカを通じて、かねてからの憧れが実現の運びとなったのです。



【南の島へ】その後、琉球大学で教員となり、自分の研究室を構えることになりました。研究室に水槽を置いてイカを飼育し、観察するということを学生諸君とともに進めています。今はイカの親戚のタコも仲間に加え、頭足類という動物群全体を視野に入れています。もともと進みたいと考えていた理学部に、教員という立場で学ぶことになりました。人生とは面白いものです。



【これからの志向】多少の大風呂敷を広げさせてもらうと、私は、行動学だけでなく、生理学、遺伝学、解剖学、生態学など様々な分野から頭足類を眺め、そこから生命に関わる原理を探り出す「頭足類学」という学問の創生を夢見ています。それは、前述の基礎科学に留まらず、保全学や水産学、あるいは水族館学といった応用科学にも貢献する学問と考えています。その意味では、単にイカやタコという特定動物群について調べるということではなく、そこからヒトの社会なども含む、広範な生命現象に対しても何かを言い得る分野を想定しています。さらに、自然科学という枠組みに捕われず、人文科学、社会科学、芸術といった分野にも繋がりをもつ、そんな壮大なものをイメージしています。もちろん、そのようなものが出来上がるには時間がかかるかもしれませんし、想像通りのものにはならないかもしれません。しかし、今は、頭足類という、私にとっては付き合いのながくなった連中を通して、色々な世界を覗いてみる。そう考えるだけで愉快であり、それを具現化させることに自身の時間と力を傾注してみようと考えています。



【宣伝】以上、紹介した自分自身の歩みも含めて、イカについて記した「イカの心を探る-知の世界に生きる海の霊長類-」(NHKブックス)という本を上梓しました。よろしかったらお読みになってみて下さい。ちなみに、この本の表紙は、イカに魅せられたアーティストである中島隆太さん(ミネソタ大学)に描いていただきました。



【学生、ポスドクの受け入れ】私の研究室は、頭足類の社会性に注目した行動研究、その基礎となる飼育学、そして、関連する頭足類の自然史を研究課題としています。このような課題に真に関心をもち、そこに身を置いてみたいと考える方であれば、いつでも研究室の一員として歓迎します。ただ、自分の関心と研究室の関心が不一致であるとお互いに不幸です。ですから、よくよく自身の関心、興味、そして動機などを考えてほしいと思います。特に、卒研での配属を希望する学生諸君については、ともすると一生の進路選択に関わる事柄ですから、熟考してほしいと思います。
 当研究室でポスドクとして過ごしたいという方、あるいは、一時的に滞在して研究したいという方も歓迎します。詳細については、気軽に連絡をいただければと思います。