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辻 和希は「もっとも基礎的な研究がもっとも応用上役に立つ」(by伊藤嘉昭)をモットーに、生態学と動物行動学全般を専門にしています。材料生物としては、昆虫類とくにアリなどの社会性昆虫に焦点を当てた研究を行っています。理論的研究もしますが、数学はあまり得意でなく計算はほとんど共同研究者にお願いしています。なお、辻 和希は論文著作等で使うペンネームで、本名は瑞樹です。業会ではほぼペンネームしか知られていません。大学で本名をつかうのは「大人の事情」です。名古屋出身のみずかめ座O型。特技は前田流棒術。
1. Tsuji, K. (1990) Reproductive
division of labour related to age in the Japanese queenless ant, Pristomyrmex pungens. Animal Behaviour 39: 843-849.
2. Tsuji. K. (1995) Reproductive conflicts and levels of selection in the parthenogenetic ant, Pristomyrmex pungens: contextual analysis and partitioning of covariance. The American Naturalist 146: 586-607.
3. Tsuji, K., Yamauchi, K. (1996) Intra-colonial sex ratio variation with and without local mate competition in an ant. The American Naturalist 148: 588-596.
4. Tsuji, K., Tsuji, N. (1996) Evolution of life history strategies in ants: variation in queen number and mode of colony founding. Oikos 76: 83-92.
5. Kikuta, N., Tsuji, K. (1999) Queen and worker policing in the monogynous and monandrous ant, Diacamma sp.. Behavioral Ecology and Sociobiology 46: 180-189.
6. Tsuji, K., Tsuji, N. (2005) Why is
dominance hierarchy age-related in social insects? The relative longevity hypothesis. Behavioral
Ecology and Sociobiology 58: 517-529.
7. Nakamaru, M., Beppu, Y., Tsuji, K. (2007)
Does disturbance favor dispersal? An analysis of ant migration using the
colony-based lattice model. Journal of Theoretical Biology 248:288-300.
8. Dobata, S., Sasaki, T., Mori, H.,
Hasegawa, E., Shimada, M., Tsuji, K. (2009)Cheater genotypes in the
parthenogenetic ant Pristomyrmex
punctatus. Proceedings of the Royal Society of London, Series B 276:
567-574.
9. Ohtsuki, H., Tsuji, K.(in press) Adaptive
reproduction schedule as a cause of worker policing in social Hymenoptera: a
dynamic game analysis. The American Naturalist.
10. Matsuura, K., Vargo, E. L., Kawatsu,K., Labadie, P. E., Nakano, H., Yashiro, T., Tsuji, K. (2009) Queen
succession through asexual reproduction in termites. Science. 323(5922):1687.
11.Abott, P. et al.(104人中93番目の著者)(2011) Inclusive fitness theory and eusociality. Nature 471 E1-E4.
12. Dobata, S., Tsuji, K. (2012) Intragenomic conflict over queen determination favours genomic imprinting in eusocial Hymenoptera. Proceedings of the Royal Society of London, Series B, 279: 2553-2560.
13. Tsuji, K., Kikuta, N., Kikuchi, T. (2012) Determination of the cost of worker reproduction via diminished lifespan in the ant Diacamma sp..
Evolution 66: 1322・331.1
14. Tsuji, K. (2013) Kin selection, species richness and community. Biology Letters(in press)
15. Dobata, S. Tsuji, K. (2013) Public goods dilemma in asexual ant societies. Proceeding of the National Academy of Sciences of the USA 110:16056-16060.
日本生態学会(将来計画委員長、大会企画委員,和文誌編集委員)
日本進化学会
日本動物行動学会(英文誌編集委員)
日本応用動物昆虫学会
個体群生態学会(運営委員)
沖縄生物学会
The International Union for the Study of SocialInsects(日本地区会長)
BMC Journals (Frontiers in Zoology: Editorial board member)
Asian Myrmecology (Editorial board member)
日本学術会議連携会員(第21, 22期:2008-)
沖縄県各種委員:環境影響審議会委員(2010-)、SSH運営指導委員(2013-)など
鹿児島大学連合大学院連合農学研究科代議員(2011-2012)
など生物の世界には分子、細胞、個体、個体群、群集、生態系etc.という階層性がみられます。生物学では階層毎に異なる分野が発展してきました。生態学は個体以上の階層を扱う分野ですが、その内部においてさえ、個体階層を扱う行動生態学、群集階層を扱う群集生態学etc.と細分化が進んでいます。そんななかでいまの私の興味の中心は階層間相互作用、すなわちある階層で働く力学やそこでのパターンが他の階層で働く力学やパターンにどう影響するのかです。ここに行き着いたのには研究材料の特殊性も影響しています。私は長らくアリなどの社会性昆虫を研究対象にしてきました。これらには個体と個体群(あるいは種)という二つの階層のあいだに社会という階層がはっきり見られます。この特殊な階層構造ゆえに、個体形質を主に研究する行動生態学にも、もっと上の階層を対象にする個体群生態学や群集生態学にも、どこか「枠」に収まりきれない違和感をずっと感じてきました。その一方でこの居心地の悪さはいま新たな研究テーマを開拓する原動力にもなると考えています。
1. 血縁選択は生物群集を豊かにする?
Tsuji, K. (in press) Kin selection, species richness and community. Biology Letters.
(解説) これは問題論文です。G.C. Williams(1966)がWynne-Edwards(1962)の群選択説を葬ったのが行動生態学の始まりともいえます。Williamsの群選択否定の最大の論拠は、絶滅による集団の置き換わりよりも個体の世代の更新の方が圧倒的に速いので、群選択は個体選択の強さに抗えないというものでした。これが「適応を理解するには集団内の力学に注目すべきである」という観点を進化生物学者に定着させました。そして行動生態学者の興味の中心は個体レベルで観察される現象の適応的意義になり、個体群密度制御、群集構造や生態系の機能などの上位階層でみられる現象に行動生態学者が興味を持つ事はあまりなくなりました。しかし集団内力学が集団間力学に強さにおいて勝るというWilliamsの考えがもし一般に正しければ、個体以上の階層でみられる現象の説明原理として、集団内力学が重要になる場合もあるのではないでしょうか。この論文で私は、種(集団)内力学のひとつである血縁選択が強く働き、同種の非血縁個体間の闘争による密度抑制が働くことで、間接的に複数種の共存が可能になるのではないかという仮説を提出しました。すなわち血縁選択が群集における多種共存の原動力になるとする考えです。もう少し具体的に書きます。共同社会はその利益を搾取する裏切り者と常に戦う運命にあります。アリやハチなどの社会昆虫のコロニーにとっての大きな脅威は同種個体の社会寄生(裏切り、ただ乗り、社会の癌などともいいます)です。理論的には社会寄生を完全に阻止するのは「緑髭遺伝子」以外の仕組みでは困難ですが、次善の策としての血縁識別行動や非血縁者への敵対行動がアリやハチに広く見られます。協力を維持するため血縁選択で進化したと考えられるこの同種非血縁個体への攻撃性が、副産物としてその種の個体群密度を下げ、群集において他種との共存を促すのではないかというのが基本アイデアです。アリは皆、地中に巣を掘り雑食でニッチが似ているのになぜ多種が共存するのか -「プランクトンの逆説」ならぬ「アリの逆説」・という群集生態学的な問いに、それはニッチ分割でなく血縁選択が原因だとする仮説です。厳密な理論計算も含め、この路線で群種生態学者と行動生態学者の交流や共同研究を促したいですね。その結果、もしこの説が実証的に否定されれば「集団内の力学がその働きにおいて集団以上の階層で働く力学に勝る」という過去50年近く主流だった「行動生態学的考え」を再考せねばならないでしょう。論文には書いてはいませんが、そうなる可能性も高いと思っています。論文は2013年末にBiology Letters で組まれるHamiltonの血縁淘汰論文50周年特集に掲載予定です。たぶんこの特集の中でこれが一番面白いです(他の論文はまだ読んでないけど)。
ェ2. 父親由来のときにだけ社会に牙を向く利己的遺伝子:血縁選択がゲノム刷り込みを進化させる
Dobata, S., Tsuji, K. (2012) Intragenomic conflict over queen determination favours genomic imprinting in eusocial Hymenoptera. Proceedings of the Royal Society of London, Series B, 279: 2553-2560.
(解説) Biol.Let.の論文が下の階層から上の階層への影響を考察したものですが、この論文は上から下への階層間相互作用、すなわち個体間レベルの進化的利害対立からゲノム刷り込みという細胞生物学的現象の進化を理論的に予測したものです。母親由来か父親由来かに依存して遺伝子の発現が抑制される現象をゲノム刷り込みといいます。そのパターンは性的コンフリクトの理論で予測できることが既に知られていますが、この論文は血縁者間の社会的コンフリクトの理論から予測を提出しました。予測はいくつかありますが、ここではいちばん直感的に理解しやすいものを紹介します。社会性昆虫には、雌個体を女王に分化しやすくする利己的遺伝子(以下,女王化遺伝子)の存在が示唆されています。このような性質は遺伝子にとっては有利(コロニー内の相対適応度を上げる)でもコロニーには不利益になる(労働力を減少させ包括適応度理論における間接適応度を下げてしまう)ため、裏切り遺伝子(業界ではこれをRoyal cheating geneといいます)の類いと考えられます。両者の効果のバランスを決めるのは血縁度です。おおまかにいって、他個体(この場合巣仲間)の血縁度が高いときには友愛的行動が、血縁度が低いときには逆に裏切り遺伝子のような振る舞いが進化しやすいと予測されます。血縁度は個体についてだけでなく遺伝子座についても計算可能で、さらに同じ遺伝子座に位置する個々の対立遺伝子についいても定義できます。有性生殖する生物では、ある遺伝子座の対立遺伝子は片方が父親から受け継いだもので、もう片方は母親から受け継いだものです。ミツバチやグンタイアリのように女王が多数の雄と交尾している状況では、ワーカーが父親由来の同じ遺伝子を共有する率(父親由来遺伝子におけるワーカー間血縁度)が、母親由来の遺伝子を共有する率(母親由来遺伝子におけるワーカー間血縁度)より低くなるので、利己的な女王化遺伝子は母親経由で子に伝わったときゲノム刷り込みにより発現が抑制されると予測できる、とそのようなわけです。エピジェネテックスはいま流行なので、世界の様々なグループがこの予測をテストしようとしていますね。ちなみに計算には包括適応度(血縁選択)ではなく量的遺伝進化動態モデルを用いています。関連研究として土畑重人君(現在海外学振でスイスのローザンヌにいます)のEvolution論文(Dobata 2012 Evolution 66 (12): 3754-3764:こっちは彼の単著)も見て下さい。
アリは集団で生活するため社会性昆虫とよびます。世界で1万種以上はいるだろうとされるこの謎に満ちた生物の社会の中ではどんなドラマが繰り広げられているのでしょう。社会生物学という学問分野ではこの「迷宮」の実像が次々と明らかにされています。勤勉で全体主義の代名詞としてのアリの一般的イメージとは大きく異なり、実際のアリの巣の中では、派閥争い、ハラスメント、詐欺、果ては子殺しや親殺しまで、ありとあらゆる利己主義が渦巻いているのです。その一方で、自爆死して仲間を守る熱帯アジアのオオアリの仲間のように、自己犠牲と一致団結した集団行動が見られるのも事実です。これら対立と協同という相反する性質が入り混じった複雑系がどんな原理で進化したのかを解明することが辻の最も得意とするテーマです。かなりの「変化球」的研究が多いせいか、引用率が悪いのが玉に傷でしたが、最近はそれも改善されてきました。優秀な若手共同研究者や学生さんにも恵まれ、質の面からは世界の最前線の一潮流をつねに創り続けていると自負しています。
3.「働かない働きアリ」あるいは「社会の癌」の発見
Dobata, S., Sasaki, T., Mori, H., Hasegawa, E., Shimada, M., Tsuji, K. (2009) Cheater genotypes in the parthenogenetic ant Pristomyrmex punctatus. Proceedings of the Royal Society of London, Series B 276: 567-574.
4. 社会の癌の長期存続
Dobata, S., Mori, H., Sasaki, T., Hasegawa, E., Shimada, M., Tsuji, K. (2011)Persistence of the single lineage of transmissible “social cancer” in an asexual ant. Molecular Ecology 20: 441-455.
(解説) アミメアリというアリは世界でも極めつけ「変なアリ」で、女王がおらず見た目にはワーカー(働き蟻)である個体の全てが単為生殖(いわゆるクローンを産むこと)と労働の両方を行っています(Tsuji 1990 Animal Behaviour 39: 843-849)。このような共同社会には、労働を怠り繁殖に邁進する裏切り者(cheater)あるいは社会の癌(social cancer)が蔓延してしまう可能性を進化生物学者は指摘してきましたが、実際、三重県の紀北町のアミメアリにはそのような働かないアリ・社会の癌が実在したのです。「社会の癌」は身体が少し大きいのが特徴ですが、DNA分析によればそれらが「カモにする」通常個体とは異なるクローン系統に属し、「社会の癌」も無性的に繁殖していることが明らかにされました。これまでのデータから系統関係を推定すると裏切り者の「社会の癌」と通常個体は「同種」と考えるのが妥当のようです。DNA配列の差から裏切り者は通常個体が2百年から1万年くらい前に突然変異で生じしたものと考えられました。同じく単為生殖する社会の癌が発見されているケープミツバチでは裏切り者の集団への侵入から10年程度でシステムが崩壊(個体群がほぼ絶滅)したのに対し、利己的遺伝子型と利他的遺伝子型が長期共存するこのシステムは進化生物学の興味深い実験材料となっています。
5.アリにおける公共財ジレンマ
Dobata, S. Tsuji, K. (2013) Public goods dilemma in asexual ant societies. Proceeding of The National Academy of Sciences of the USA (doi/10.1073/pnas.1309010110).
(解説) それぞれが自由な意思で動く中で、助け合いがいかに発生するのかは、自然科学と社会科学の両方で重要なテーマです。なぜなら自由な競争の下では「共有地の悲劇」あるいは「公共財ジレンマ」と呼ばれる利己的な振る舞いが蔓延した状態に必然的に陥ってしまうことが、ゲーム理論という学問では理論上知られているからです。ヒトと微生物の行動には公共財ジレンマとおぼしき実例が存在します。では、協同の最たる例とされるアリの社会ではどうでしょう。私たちはアミメアリの「社会の癌」による裏切り行為がそれら自身や裏切られるコロニーメンバーの個体適応度にどう影響するのか、通常個体と社会の癌の比率を色々変えて飼育し測定してみました。その結果、公共財ゲームの特徴である「グループの中では常に裏切り者の適応度が協力者(通常個体)の適応度より高い、しかし裏切り者が存在しないときにコロニー全体の適応度が最も高い」が成立していることを厳密に証明しました。興味深いことに社会の癌による裏切りが横行すればするほど、協力的な個体は「仕事の穴を埋める」かのようにより一層働き過労死してしまう事もわかりました。私たちはトゲオオハリアリでも仕事の穴埋めによる「過労死」を観察しており、このような柔軟性による「協同行動の仇(あだ)」は高度社会性昆虫では一般的な現象ではないかと考えています。これはヒトと微生物以外での公共財ゲームの最初の実例ですが、微生物以外で適応度(進化ゲーム理論における利得)を精密に計測したという点では、高等生物おける公共財進化ゲームの最初の実例です。さて、しかし実際にはこのゲームは共有地の悲劇を招かず、社会の癌は紀北町でも全体のごくわずかな個体だけです。アミメアリでは共同が概ね維持されているのはなぜでしょう。これは協同の進化の研究の主題です。
さて、この論文はYahoo ニュースのトップでも紹介されました。「働かないアリは長生き」という新聞タイトルが一部ニートの人を喜ばせたようですが、研究成果のこういう受けとめかたは「自然主義の誤謬」と進化生物学では呼ばれていることを一般の方はどれくらいご存知でしょうか(拙著「シリーズ進化学6:行動・生態の進化」(2006)の私の項をみてください)。
6.アミメアリにおける群選択
Tsuji. K. (1995) Reproductive conflicts and levels of selection in the parthenogenetic ant, Pristomyrmex pungens: contextual analysis and partitioning of covariance. American Naturalist 146: 586-607.
(解説) かれこれ20年前の論文ですが、あえて紹介します。アミメアリの社会の癌の研究はここから始まったからです。発表当時、群選択は誤った考えとみなす人が行動生態学者のまだ大多数を占めていましたが、その一方で集団遺伝学の理論では群選択を実測する方法も開発されていました。私はこれらのモデル(Priceの共分散分割法とコンテクスト分析法)を用いて、アミメアリの「社会の癌」が持つ表現型はコロニー内の個体選択では有利だが、コロニー間の群選択上は不利であるという、階層間で拮抗的な自然選択(表現型選択)が働いていることを明らかにしました(Dobata & Tsuji 2013 PNAS論文は、これを遺伝子型についても室内実験で厳密に証明したものといえます)。アミメアリはアリとしては極めて例外的に個体の生涯繁殖成功度がフィールドで測定可能であることに私が気付いたことも、この研究がうまくいった決定的理由です。さて、この研究には未発表ながら巨大な続編があります。それは群選択モデルと血縁選択モデルの両方を使い、野外の進化動態 ・今起りつつある進化 ・を予測しテストするという試みです。この社会形質版の「フィンチの嘴」も研究時間の確保ができれば気合いを入れて近く発表したいと思っています。
√7. アリも過労で早死にする。トゲオオハリアリにおけるワーカー産卵のコスト
Tsuji, K., Kikuta, N., Kikuchi, T. (2012) Determination of the cost of worker reproduction via diminished lifespan in the ant Diacamma sp.. Evolution 66: 1322・331.1
(解説) 仕事の穴埋め(compensation)はアクシデントで特定の労働の担い手が不足したときに社会の機能を維持するのに役立つ行動だと思われ、実際そのような柔軟性は多くの社会性昆虫に備わっています。しかしこの柔軟性は、裏切り者が出現した場合はかえって仇になる可能性をこの研究は示しました。トゲオオハリアリでは、女王フェロモンの伝達を遮断することでワーカーに産卵をさせることができます。フェロモン遮断コロニーではワーカーの間で激しい闘争が起こり、勝ち上がった一部のワーカーが女王のように卵を産み始めます。しかし、驚く事にこの混乱にもかかわらずコロニーの短期的な生産性(新成虫生産速度)には変化しませんでした。しかし、長期的な影響がみられました。ワーカーの平均寿命が産卵しない場合よりも約18%短くなったのです。ワーカーの寿命は潜在労働可能時間であるため、その短縮はコロニーの負担として評価できます。18%という値は「もしあるとしたら」とOhtsuki & Tsuji (2009)が理論的に予測したものに近い値です。さて、寿命短縮の具体的な理由は次のようなものでした。一部のワーカーが働くのをやめ産卵するようになると、他のワーカーたちが産卵ワーカーに放棄された仕事の穴を埋めるかのように通常よりも良く働くようになります。通常ペースを超え働いた結果、過労で早死にしてしまうのです。一方、産卵ワーカーの寿命は通常と変わりませんでした。少しばかり無理をしてでも早く子供を生産しようとするこの行動は、アリのコロニーが女王を失った状況(コロニーは早晩滅んでしまう)に対する適応的反応だと私たちは考えています。ところで、この論文は共著者の2人に「菊」がつくダブルキクちゃん論文です。菊田典嗣さんは金沢で高校の先生をしている富山大時代の修士指導生で、菊地友則千葉大学准教授は元辻研究室ポスドクです。
実は群集生態学にもハマっています。それも「役に立ちそうな」応用研究です。いま、外来生物による生態系、生物多様性や人間生活への被害が世界中で深刻化していますが、とりわけアリによる被害は甚大です。すでに日本には、国際自然保護連合(IUCN)の世界のブラックリスト100種のひとつにあげられているアルゼンチンアリが侵入し各地で猛威をふるっています。さらに、もっと恐い有毒のヒアリの国内侵入も秒読み段階であるといわれています。これら侵略的な外来アリの大半が熱帯∴沐M帯起源ですが、地球温暖化が危惧される中、沖縄はアリに限らず外来生物侵入の最前線です。その一方で、アリは熱帯地域では害虫の天敵として農業上利用されていますが、日本ではまだ実績がありません。熱帯∴沐M帯でとくに重要なこれら諸問題に科学的に対処するため、生態学、進化生物学、生理学、生化学、遺伝学の基礎知識を結集させ研究を行っています。
・
8.山原の林道脇の植生は外来アリと共生するアブラムシやカイガラムシに席巻されている。
Tanaka, H., Ohnishi H., Tatsuta H., Tsuji K. (2011) An analysis of mutualistic interactions between exotic ants and honeydew producers in the Yanbaru district of Okinawa Island, Japan. Ecological Research 26(5): 931・41 (DOI 10.1007/s11284-011-0851-2)2
(解説) 琉球列島が世界自然遺産に登録されれば山原(やんばる:沖縄本島北部)の森林はコア地域になるでしょう。この論文ではそんな山原における外来アリの分布状況を広く調べました。今、侵略的な外来種による生物多様性の劣化が世界中で問題視されています。外来アリのインパクトは特に大きく、国際自然保護連合(IUCN)の世界的侵略種のブラックリスト100種の中にアリが5種も入っています。日本でもこのうち、アルゼンチンアリ、アシナガキアリ、ツヤオオズアリの3種が定着していますが、アルゼンチンアリ以外の2種が県全域で定着しているのは沖縄県だけです。外来アリが侵略的になる理由には諸説がありますが、この論文では甘露(排泄物つまり糞なのだが、液状で糖分に富みアリなどが好んで食べる)をだすカメムシ目昆虫との共生関係に注目しました。山原における先行研究で、外来アリは自然林内では稀な存在ですが、林道脇にはごく普通に定着していることが判っていました(Suwabe et al. 2009)。今回の研究では、まず林道脇植生で見られた甘露排出性昆虫のコロニーの95%がタイワンススキアブラムシ、Dysmicoccus sp. A(コナカイガラムシ科)、ギンネムキジラミの3種で占められることがわかりました。さらに驚くべきことに、これら甘露排出者のコロニーの89%がたった3種外来アリ(アシナガキアリ、ツヤオオズアリ、アシジロヒラフシアリ)に独占されていることもわかりました。アリ随伴性でないギンネムキジラミ以外では、各調査地における甘露排出者の密度と外来アリの個体密度には正の相関関係がありました。だめ押しに、アリを除去した野外実験によりこれら外来アリが甘露排出性昆虫を天敵から保護してその多発に貢献していることが判明しました。今後に向けた幾つかの質問が浮かび上がりました。林道脇の外来アリの定着の要因に甘露排出者との共生関係があるのであれば、外来アリの防除法として、アリそのものよりも共生者である甘露排出者あるいはその寄主植物(ススキ、コセンダングサなど)を防除する方策が考えられます。一方、甘露排出者が在来アリ種と共生関係を結ぶことはほぼ皆無で、むしろ自然林内で最も優勢なオオズアリ密度とは(排出者密度とは)負の相関関係さえみられました(きっとオオズアリには捕食されているのでしょう)。なぜ、沖縄の在来アリの甘露排出性昆虫との共生関係は弱いのでしょう。甘露獲得をめぐる競争で外来アリに敗れたからか、それとも沖縄島ではアリと甘露排出者との共生関係がそもそも進化しなかったからなのか。興味深い問題です。ちなみに、林道脇に多発した甘露排出者が在来種なのか外来種なのかも、まだほとんどの種において未解明です。本論文は2012年度のEcological Research(日本生態学会英文誌)論文賞を受賞しました。第一著者は元ポスドク(現鳥取市博物館)でカイガラムシの分類が元来の専門の田中宏卓博士です。彼だからこそできた研究。
個体としては非力なアリやミツバチが集団全体として驚異的な能力を発揮するのはなぜでしょう。社会生理学(sociophysiology)という分野は、この問いに答えるべく、個体と集団の間に存在する力学的メカニズム(行動生態学の用語でいう至近要因)の解明を目指しています。この分野のキーワードには自律分散、自己組織化、創発がありますが、これらはあわせて平たくいうと、個々の個体は出会うローカルな状況に単純なルールに従い機械的に反応しながらも、社会全体としてはきわめて柔軟かつ適応的な機能が発揮されるというものです。この分野の成果は、独立モジュールが共同で働く群ロボットを制御し得るアルゴリズムの開発や、混雑時の群衆や乗物の誘導法の提案などに応用可能と考えられています。実際、私自身も工学分野の研究者と共同で、コンピュータシミュレーションやアリ<鴻{ットを用いた研究を行っています。
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9. アリの活動性のポアソン過程
Hayashi, Y., Yuki, M, Sugawara, K., Kikuchi, T., Tsuji, K. An internal dynamics and its coupling in social insects - How to achieve a collective behavior via mutual interactions -. Physical Review E (投稿中)
(解説) アリのみられる複数個体による協調労働の仕組みは群ロボットの設計原理の参考になるでしょう。この研究ではアリの個体と集団の関係にひそむ行動原理をボトムアップ的に調べようと考えました。まず、トゲオオハリアリのワーカーを周縁効果がでないようなアクリル製の半球内の均一条件で飼育し、単独でおいたときと巣仲間2個体でおいたときの活\動パターンを比較しました。個体の状態を「活動状態」と「非活動状態」に分けたとき、両者の切り替えは時間的にランダムに起るポアソン過程であることがわかりました。個体間接触は「非活動状態」から「活動状態」への切り替えにだけ影響を与えること(確率の増加)がわかりました。ようするに、このアリの体内には個体が活動するか/しないかをきめるサイコロのようなものがあり、そのサイコロを振る頻度が他個体の存在で変わるらしい、ということです。他の文脈でも個体の周期性やリズムがアリ生殖的分業の制御に重要な役割を果たしていることを我々はつきとめており、アリ社会の研究が今後は個体のリズムの研究に発展しそうです。第一著者は英国Reading大学に就職された林 叔克 (はやしよしかつ)博士、第2著者は菅原研東北学院大学准教授、どちらも工学・物理畑の方です。
ほとんどが正規の論文になっていないので書くのもおこがましいのですが、過去にはチョウ、クワガタ、カブトムシ、ハムシ、ホタル、テントウムシ、アブラムシ、カメムシなどを材料に学生さんに学位テーマ(おもに卒論と修論)を出しました。学生さんから提案されたテーマとしては、ホタル、ゴミムシ、昆虫以外ではショウジョウバカマ(日本本土に自生する草本植物)、リュウキュウヤマガメ、ウミガメとそれに寄生するフジツボ類を対象にした卒論¥C論研究などをサポートしました。詳しくは琉大昆虫学研究室の学生の最近のテーマを参照ください。コノハチョウやフタオチョウなど沖縄ならではの虫も研究対象にしています。